黒潮”イケメン”二郎 明るく楽しく過酷なプロレス道

「WRESTLE-1(レッスルワン)」という団体がある。複数のレスラーを引き連れて全日本プロレスを退団した武藤敬司が2013年に立ち上げた団体であり、日本全国で興行を行っている。この団体、僕はなぜか気になってしまい、大阪に試合が開催されるたびになんとか都合をつけて観戦に行っている。はじめて観に行った会場は平野区民ホールという小さな会場だった。『ずいぶん小さなところで興行をするんだな』というのが率直な感想だった。絶好調の新日どころか、ノアや全日本よりも集客が少ないような印象を受けた。この団体がいつまで持つのか、正直不安な気持ちもあった…。

 

そんなレッスルワンの興行で、ひときわ観客の歓声を浴びる男がいる。それが黒潮”イケメン”二郎だ。彼のいちばんの特徴は、なんといっても入場だ。テーマ曲である福山雅治の『HELLO』が流れれば、そこから黒潮劇場の幕が上がる。

ド派手なジャケットを身につけ、長髪をなびかせながら手鏡で自分の顔をチェックする。そして、必ずといっていいほど観客席に乱入し、「俺を撮れ!」と言わんばかりに観客の至近距離でポーズを決める。そして、その入場がとにかく長い。リングインする素振りを見せてまた観客席に分け入ったり、リングインした直後にまたするっとリングを抜け出し、観客にアピールする。挙句にレフェリーが激怒し、黒潮のジャケットをつかんでリングに入れようとすることもある。やっとリングインした頃は、『HELLO』が終わっている。
今までの日本のプロレス史を振り返ってみても、こんなに入場が長く、さらにそれがファンの支持を集めているようなレスラーは彼以外にいなかったのではないだろうか。

 

入場が終わり、試合が始まってからも黒潮劇場は終わらない。彼はそのど派手なジャケットを着たまま試合をする。ジャケット越しに相手を殴打し、彼独自のリズムで試合を作り上げていく。
ジャケットに対しては強いこだわりがあり、同じ団体に所属し現在は副社長も務める近藤修司とジャケットを脱ぐか脱がないかを賭けて試合をしたこともある。結果は黒潮が勝利をおさめ、ジャケットを守り抜いた。

 

こんな黒潮”イケメン”二郎だが、決してキャラクターだけの色物レスラーではない。レスラーの基礎である受け身もしっかりと大きな音を立ててとり、相手の技を引き立てる。「イケメンサルト」と彼は呼んでいるが、ここ一番という時には見事なムーンサルトを放つこともある。彼はしっかりとしたプロレスの基礎の上に奇抜なキャラクターを重ねている。

 

彼が入場してくると、会場中が一気に多幸感に包まれるような気がする。彼からは、とにかくハッピーな雰囲気が醸し出されている。どんな悩みも、たとえ一時的なものであったとしても、それを消し去ってしまうような強烈な多幸感。黒潮”イケメン”二郎は観客の気持ちを明るくさせることについては、どんなレスラーの追随も許さない。

 

しかし、そんな黒潮にも欠点がある。ケガによる欠場が多いのだ。しかも、ここからが大事!という時期に大きなケガをしてしまう。2016年に全日本プロレスの中島洋平を破り、中島の保持していた「GAORA TV王座」を獲得したものの、その直後にじん帯を損傷してしまい、結局いちども防衛戦を行わぬまま、同王座を返上することになってしまった。

2018年に横浜文化体育館で行われた試合では、試合中に負傷してしまい、リングから担架で緊急搬送される羽目になってしまった。僕はその試合を生で観ていたのだけど、会場中から「え!?」「イケメン大丈夫!?」といった声があがっていた。観客を幸せにするはずの黒潮が、観客を不安な気持ちにさせてしまった。

 

この時の黒潮は肉体に負荷がかかりすぎていたのかも知れない。前日には両国国技館で行われていたノアの丸藤正道のデビュー20周年大会に出場し、いつもと変わらぬ派手で長い入場、そして激しい試合を展開していた。もちろん、それ以前の試合で蓄積したダメージも黒潮の肉体には残っていた。それがレッスルワン最大のビッグマッチである横浜文体での興行で爆発してしまった…。

 

ケガに泣かされてきた黒潮だが、彼は自分のスタイルを変えるつもりはないようだ。少しでも肉体への負荷を減らすために、入場にかける時間を短くするだとか、そんな発想は皆無らしい。先日観戦した大阪での試合でも、いつも通りの黒潮劇場が行われていた。彼は分かっているのだと思う。自分というレスラーにとって、入場も試合と同じくらい大事であるということ。自分の入場や試合で元気になってくれるお客さんが沢山いるということを。

 

黒潮”イケメン”二郎が歩むプロレス道は、一見明るくて楽しそうなだけに見える。しかし、そこには彼自身にしか分からない過酷さが伴っている。それが分かっていてもなお、彼は黒潮劇場の演目を変えるつもりはないようだ。そんな彼の生き様にも、僕は勇気をもらっている。

 

そういえば、先日観戦した大阪の平野区民ホールでの興行は、はじめて観に行ったときに比べて、明らかに観客数が増えていた。そしてもちろん、いちばん歓声をあびていたのは、黒潮”イケメン”二郎の長い長い入場だった。

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