格闘技観戦当日に「コロナかも…」と思った格闘技オタクの話
「コロナかも知れない」
そう思わざるを得ない状態だった。
会社から帰ってきたら、なんだか妙な倦怠感がある。身体も熱くなっているのが分かる。
熱を測ると、37°Cを超えている。
普段の自分の平熱と比べると、明らかに高い。
喉がやたらと乾いていたので、立て続けに冷たい水を飲んだ。
水はやたらと美味しくて、自分の気持ちを少し落ち着けてくれた。
頭痛はなかったし、コロナ特有の匂いが分からなくなるとかいう症状もなかった。
しかし、やはり心配だった。
リモートワークの日もあるけれど、出社する日はそこそこ人が乗ってる電車で会社まで向かっている。休日だって、人との飲食こそ避けているけど、出かけることだってそれなりにある。
環境的には、コロナに感染していても決しておかしくはない。
その日は市販の風邪薬を飲み、さっさと飯を食べて寝てしまった。
「きっと単なる風邪だ。一晩寝れば治るだろう」
そんな期待があった。
次の日、そんな期待はあっさり裏切られた。
朝から体が怠く、やっぱり熱がある。
昨日と同じく市販の風邪薬を飲んだら、体温は落ち着いた。
しかし、風邪薬で体温が下がったからコロナじゃないとは言い切れない。
風邪薬に含まれる解熱成分はコロナにだって作用する可能性はある。
不安になり、自分が住んでいる地域のコロナ検査について調べた。
その結果、家から歩いて行ける距離にコロナの検査をしてくれる病院があると判明。
電話して問い合わせると、自分のようにコロナを疑われる体調の場合は公費負担があり、かなり低額でコロナ検査を受けられるとのことだった。
「行くしかねえ」
そう思った。
一刻も早くコロナ陰性の証明が欲しかった。
何故なら、その日の夕方に格闘技を観に行くことになっていたから。
シュートボクシングの後楽園ホール大会。
チケットは出場選手からすでに買っており、自分の手元にあった。
コロナ陰性の証明をしてもらい、心置きなくシュートボクシングを楽しみたかった。
いつもはウレタン製のマスクを使っているけど、念のために不織布マスクを装着して病院に向かった。
病院にはコロナ検査専用のスペースが設けられており、そこで「抗原検査」と「PCR検査」の2種類のコロナ検査をすることになった。その2つを同時に受ける人が多いらしい。
抗原検査はすぐに結果が分かるが、少し精度が落ちる。PCR検査は精度は高いが、結果が出るのが翌日ぐらいになるとのことだった。
いくら抗原検査の精度が少し低いといっても、ほぼ大丈夫だろう。これで陰性だったら後楽園行けるなと思っていた。
PCR検査はそれなりの量の唾液を専用の試験管みたいなのに溜めて看護師さんに渡すだけ。極めて簡単。
しかし、抗原検査はちょっと不快だった。
けっこう長めの綿棒みたいなのを鼻に突っ込まれるんだけど、なかなか奥までグイっとくるんだよね。
痛い、そして気持ち悪い。
自分で突っ込むならまだマシなんだろうけど、看護師さんがグイっと突っ込んでくるので容赦がない。
普通に涙ぐんでいた。
医療従事者の方々への感謝はもちろんあるけど、痛さは感謝の念ではカバー出来ない。
痛いものは痛いし、不快なのは耐え難い。
しかし、全ては格闘技観戦のためだ。
チケット代7000円は安くない。
それを無駄にしないためにも、この場ではっきり陰性証明をもらって会場に行こう。
まるでケーキを楽しみに注射を我慢する子どものようなモチベーションでなんとか不快な抗原検査を我慢した。
そして、すぐに結果は出た。
陰性。
『やった!ハラハラさせやがって!これで心おきなくシュートボクシング観にいけるわ』
僕がそう胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
しかし、僕に陰性を伝えてくれた看護師さんは絶望的なことをあっさり言ってのけた。
「抗原検査は精度が低いので、コロナではないとは言い切れません。なので、PCR検査の結果が出るまでは外出は極力避けてください」
は?
どうやら、抗原検査をで陰性判定を受けても実は陽性だったという場合がそれなりにあるようなのだ。
だからこそ、病院も抗原検査と比較的精度の高いPCR検査を同時に受けることを僕に薦めたのだろう。
しかし、納得できなかった。
自分はあの不快極まりない抗原検査を我慢して受けた。
なんのために鼻に綿棒を突っ込まれ、涙ぐんだと思っているのか。
全ては、心置きなく格闘技を観るためだ。
『いや、いくら精度低いといっても陰性は陰性だろ。普通に観に行くし』
その時はそう思っていた。
病院帰りにそのまま後楽園ホールに行けるよう、すでにチケットはバッグの中に入れていた。
看護師さんに話を聞いてみると、今の状態で僕がシュートボクシング観戦に行ったとしても、罰則などはないらしい。
外出を控えろというのは、あくまでも「お願い」というスタンスなのだ。
それならば、後楽園に行く。
入り口で体温を測るだろうけど、風邪薬の解熱作用もあって体温は36°台に落ち着いている。
そして、いくら精度が低い抗原検査とはいえ、紛れもない医療機関から「コロナ陰性」というお墨付きを得ている。
誰も自分の観戦を止める事は出来ない。
病院を出た僕は、そのまま駅へと向かっていた。
しかし、どうしても胸に引っかかるものがあった。
「万が一、PCR検査で陽性が出たらどうしよう」
それは、紛れもない「恐怖」だった。
自分が他者に甚大な迷惑をかけてしまうかも知れないという恐怖。
もしも自分に陽性反応が出たら、それは自分が会場でウイルスを撒き散らす感染源になってしまったということだ。
近くの席の人に感染させてしまうかも知れない。
何かの拍子に、選手に感染させてしまうかも知れない。
観客からコロナ陽性者が出たと知ったら、シュートボクシング側もかなり慌てるだろう。
選手やスタッフにコロナ検査を受けさせるかも知れない。その経費たるや、決して安くはないだろう。
会場入口でのチェックが甘いと、担当者の方が叱責されるかも知れない。
今後はさらに入口でのチェックが厳しくなり、それが運営を圧迫するかも知れない。
あくまでも「知れない」の話だし、僕がPCR検査でも陰性だったらその仮定は意味をなさない。
しかし、万が一そのような事態になってしまえば、僕には到底責任を取ることが出来ない。
僕は格闘技観戦が好きだ。
いちばんの趣味だと思っている。
もしも自分がPCR検査でコロナ陽性だったら、そんな一番の趣味に対する向き合い方が変わってしまう。
たぶん、妙な後ろめたさを感じながら格闘技を観ることになると思う。
『あの時は悪いことをしてしまったな』という後ろめたさを‥。
チケット代の7000円は惜しい。
観たい試合もある。
だけれども、自分のいちばんの趣味に対しては誠実でいたかった。
結局、その日はそのまま家に帰った。
僕がチケットを買った選手は見事に勝利を収め、シュートボクシング後楽園ホール大会は無事に終了した。
そして、僕はPCR検査で無事に「コロナ陰性」の証明を受けた。
あの時、あのまま会場に入っていても問題はなかったのだ。
あの判断が正解だったかどうかは分からない。
同じような状況に陥った格闘技ファンが観戦に踏み切ったとしても批判する気もない。
僕がただ単に臆病だっただけかも知れない。
でも、なんというか、格闘技観戦という自身のいちばんの趣味に対して「筋は通せた」ような気はする。
どの団体もコロナ対策を本当にしっかりやってくれている。
RIZINもパンクラスもDEEPもシュートボクシングも新日本プロレスも。
格闘技ファンとして、そんな団体側の姿勢には応えられたかなとは思う。
このコロナ禍を通じて、自分の趣味に対してどう向き合うのかしっかりと考えることが出来た。
それはある意味で幸せな事なのかも知れない。
そして、こんな僕に対してコロナ検査を実施してくれた医療関係者の皆さんへの感謝を忘れてはいけない。本当にありがとうございました。
早くいつもの日常が戻ってきますように。
もうこんなことで頭を悩ませたりしたくはないよ‥。
※身バレ防止のため、本筋とは関係のない部分を一部変更しています。
※コロナ検査については、自治体や実施する医療機関によって大きく違うので、このブログを参考にすることはお勧めしません。
「東京都発熱相談センター」のような専門機関にご相談されることをお勧めします。
https://covid19.supportnavi.metro.tokyo.lg.jp/service/EDp1nr1qF93oYS5J
※コロナについての認識はあくまでも個人的なものです。自分は医療の専門家ではなく、完全な素人であるということをお伝えしておきます。