諏訪魔 不器用な「暴走レスラー」の献身と未来

現在、全日本プロレスの中心にいるのは「満場一致で最高の男」宮原健斗であるということに異を唱える人は少ないと思う。若干30歳ながら4度目の三冠ヘビー級王座戴冠を果たし、現在もその腰に歴史あるベルトを巻いている。端正なルックスと巧みなマイクパフォーマンスも相まって、全日復活の立役者と評する意見も多い。

 

宮原が全日の中心に躍り出てくるまで、団体の中心にいた男がいる。それが諏訪魔だ。あのジャンボ鶴田も輩出した中央大学レスリング部出身であり、アテネオリンピック出場を目指していたクリナップのレスリング部所属のトップアスリートだった諏訪魔は、馳博のスカウトで27歳のときに全日に入団。武藤体制の真っただ中にあった全日の大いなる期待を受け、諏訪魔は大型エースとして順調な成長を遂げていく。

 

2008年4月には全日の歴史あるリーグ戦「チャンピオン・カーニバル」で決勝に進出。外敵として乗り込んできた新日本プロレスの棚橋弘至を下し優勝を果たした。同じ月にはデビュー4年で三冠王座を戴冠。しかも王座を奪った相手はあの佐々木健介だった。諏訪魔は名実ともに全日のエースとなった。

 

しかし、時代は諏訪魔に味方しなかった。当時はまだプロレスの人気は現在のように復調しておらず、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの新日本プロレスでさえ、決して楽な状況ではなかった。プロレスというジャンルそのものが、まだまだ陽の目を見ていなかった。

 

諏訪魔は身長身長188センチ・体重120キロを誇り、アマレスで鍛えた立派な肉体を持っている。しかし、同世代の新日の棚橋などと比べると、決して容姿端麗とはいえなかった。時に感情的になり観客席にむかってマイクを投げ込むような「暴走」するキャラクターを支持するファンはいたものの、決してパフォーマンスはうまくなかった。ひと言でいえば諏訪魔には華がなかったのだ。

 

諏訪魔を迎え入れた武藤はその後、当時の全日オーナーと対立し、多くのレスラーを引き連れて退団。W-1を旗揚げする。船木誠勝、浜亮太などの主力選手も追随する中、諏訪魔は全日に残った。その姿に「俺はまだ全日でやりきれていない」「俺がいなければ全日は持たない」という諏訪魔の意地を感じた。

 

しかし、現実は過酷だった。14年に大森隆男を下して4度目の三冠戴冠を果たすも、初防衛戦でジョー・ドーリングに敗北。短命王者に終わってしまう。

 

15年には、当時IGFのリングで活躍していた藤田和之との因縁が勃発。大型レスラー同士の団体の垣根を超えた対決が実現するかと注目を集めた。天龍源一郎の引退興行でのタッグマッチが組まれたが、諏訪魔と藤田は全くかみ合わず、お互いのタッグパートナーであった大日本プロレスの関本大介と岡林裕二の激闘ばかりが目立つ結果に終わってしまった。その後も藤田との因縁は続いたが、一度もシングル対決は実現せず、全日としても現在に至るまで、藤田と諏訪魔の対決を積極的に推し進めるような姿は見せていない。藤田との因縁は、レスラーとしての諏訪魔の評価を下げただけだった。

 

16年には秋山準を下して5度目の三冠王座を戴冠。これは三沢光晴、川田利明に並ぶ快挙だった。しかし、一度も防衛戦を行わないまま、右足アキレス腱完全断裂という重傷を負ってしまい、三冠王座は返上。その後行われた三冠王者決定戦を制したのが、先述した宮原だった。宮原ははじめての三冠戴冠であったにも関わらず、石川修司に敗れるまで8度の防衛に成功。プロレス大賞敢闘賞も獲得し、一気に全日の中心に躍り出た。

 

宮原に対する壮絶なジェラシーを燃やす諏訪魔は諦めなかった。17年に全日のトーナメント戦である「王道トーナメント」優勝を果たすと宮原に挑戦。見事、若き三冠王者からベルトを奪ってみせた。三冠王座6度目の戴冠は全日の長い歴史の中で誰ひとり成し遂げていなに偉大な新記録だった。諏訪魔は全日の歴史にまた新たな名を刻んだ。しかし、その三冠王座は初防衛戦でまたしてもジョー・ドーリングに奪われてしまった。

 

諏訪魔は現在、石川修二とヘビー級タッグ「暴走大巨人」を結成している。諏訪魔のキャラクターである「暴走」と身長195センチの石川のニックネームである「進撃の大巨人」を合わせたネーミングは非常に分かりやすい。このタッグで「世界最強タッグ決定リーグ戦」を制し、世界タッグ王座も2度戴冠している。さらにプロレス大賞最優秀タッグチーム賞に2年連続して選出されるなど、業界からも高い評価を得ている。

 

僕は諏訪魔がこのままタッグ戦線に集中していくのかと思ってしまった。ヘビー級戦線は宮原を中心に諏訪魔より若い選手の層が次第に厚くなってきている。シングル・プレイヤーとしての諏訪魔の役割は、終わったとまでは言わないまでも、ひと段落ついたのかと考えていた、しかし、諏訪魔にもプライドがある。まだまだ若い選手に自分の地位を明け渡そうなどとは考えていないようだ。

 

先日行われたタッグマッチで。諏訪魔はチャンピオン宮原を直接フォール。そして、三冠王座への挑戦を表明した。諏訪魔はまだまだ諦めていなかった。

 

諏訪魔は今まで、全日のために身体を張って闘い続けてきた。時に次世代の踏み台のような役割も甘んじて受け入れてきた。間違いなく全日の功労者といっていい。現在の全日の好調をけん引しているのは間違いなく宮原だが、諏訪魔がいなければそもそも全日が存族していたかどうか分からない。宮原が今の全日を押し上げているならば、諏訪魔は苦しかった昔の全日を懸命に支えてきた。

 

諏訪魔はもう、自分勝手になっていい。全日には宮原がいる。ゼウスがいる。ジェイク・リー、野村直矢、青柳優馬という若きホープもいる。僕としてもは、諏訪魔の三冠挑戦に水を差すわけではないが、もっと外部の団体に進出していって欲しいと思っている。諏訪魔という稀代の大型レスラーが全日以外のリングでどのように暴走してくれるのか、ひとりのプロレスファンとして観てみたい。もう全日のことは心配せず、思うがまま、自分勝手に暴走して欲しい。それが僕の願いだ。

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