可哀想なチー牛先輩の話①
今の会社に入って1ヶ月が経過した。
会社の上司や先輩たちは穏やかで優しく、入社してから嫌な思いをしたことは一度もない。
初めての職種なので戸惑うこともあるけれど、契約社員とはいえ、まあまあ順調なサラリーマン生活を送っている。
しかし、1つだけ悩みというか「不快の種」みたいなことがある。普段はちょっとイラつくだけで済んでいるんだけど、ふとした瞬間にその種から本格的な不快感が芽を出してきそうな予感がする。
それは1人の先輩だ。
見た目がとにかくチー牛に似ているので、ここではチー牛と呼ぶ。
チー牛はとにかく俺に干渉してくる。しかも、そのやり方がなんというか、申し訳ないけれどもズレている。
入社したばかりの俺には教育係の社員がついている。俺より年下だけど本当に明るくて親切な人だ。陰で女を殴ってそうな雰囲気は漂わせているが‥。
それはともかく、俺は主にその社員から仕事のアドバイスを受けている。そのアドバイスに不満を覚えた事はいちどもない。丁寧だしフレンドリーなのでこちらも楽しい。
しかし、チー牛的にはその指導がどうしても許せなかったらしい。わざわざその社員を廊下に呼び出して「もっとNEYAPRO君を最後までしっかり見ていなきゃダメじゃないか」と説教したというのだ。
別に俺が仕事でミスをしてチー牛に迷惑をかけたワケではない。
チー牛的には教育係の社員が「じゃあ、そんな感じでお願いします」で俺の指導を終えたのが許せなかったようだ。ちゃんと俺がその仕事を終えるまで側でウォッチしていろと‥。
それはひとつの価値観としてアリなのだろうが、マネジメントの権限もないバイトがわざわざ時間を割いて文句を言うことなのかという気がする。
しかも、その教育係の社員とチー牛を比較すると明らかに前者の方が周囲の評価は高い。その社員は若いということも関係しているのか、とにかく周囲から可愛がられている。 陰で女を殴ってそうな雰囲気は漂わせているが‥。
対するチー牛への評価はかなり低いと言わざるを得ない。
・仕事が遅いのでいつも残業ばかりしている。
・どうでもいい仕事に時間をかけ過ぎ。
・入社してそこそこ経つのに、未だに「これでいいですか」と確認を求めてくるせいで仕事が邪魔される。
・すぐにパニックを起こすのでケアが大変(精神障がい的なものではない)。
・仕事中に人生相談をしてくるので困っている。
・とにかくコミュニケーション能力が低い。
これらは全てチー牛が休みの日に先輩たちが社員・アルバイトという枠を超えて愚痴り合っていた内容だ。
このような状況でありながらチー牛は俺に対する教育のあり方に干渉してくる。
そりゃ嫌われるだろう。
周囲の評価についてはチー牛にも多少自覚があるようだ。
ある時先輩と俺が話していると、少し離れた席にいるチー牛とたまたま目が合った。
その先輩が去ったあと、チー牛がスーッと寄ってきて顔を至近距離まで近づけて聞いてきた。
「俺、なんか言われちゃってるのかな?」
ごめんなさい、ウザいです。
あと、無精髭の残る顔をあんまり近づけないで下さい‥。
俺は先輩とあなたの話なんかしていない。
やっぱり関東圏は横浜家系ラーメンが美味いという話をしていただけだ(仕事中にそれも問題だが)。
中高生じゃあるまいし、その溢れ出る自意識をなんとか抑えてくれよ。
周囲の評判を気にするなら、もっと仕事で独り立ち出来るように頑張ればいいし、仕事を早く終えられるように工夫した方がよっぽど効果的だ。
やり方を決定的に間違えている。
たぶんチー牛なりに危機感を持って自分の存在価値をアピールしているんだろう。
俺は新人の教育にも目を向けている。俺は他者からの目も意識している。
いや、そうじゃないでしょ。
それは管理職のような立場の人の仕事であって、週に4日しか出勤せず勤務時間も短いアルバイトの仕事じゃないと思う。
チー牛の仕事は1人で仕事を完結させることじゃないのか?
どこにエネルギーを使っているんだ?
たぶん、こういう人は少なからずいるんだろう。
悪い人ではない。
しかし、絶望的に努力の方向を間違えている。
ちょうど今日、チー牛が泣き言を言っているのを見た。
かつて自分が意味不明の説教をかました俺の教育係の社員に聞いてもらっていた。
振られた仕事が終わらないらしい。
教育係の社員は優しいから、仕事を引き受けてあげていた。
陰で女を殴ってそうな雰囲気を漂わせているけど、やはり良い人なのだ!
しかし、チー牛は本当に情けない。
偉そうな事を言うクセに、与えられた仕事も満足に終わらせられない。
よく分からないところに投下している労力を「与えられた仕事をこなす」ということに全投入するべきだと思う。
しかし、俺はそんな事はアドバイスしない。
変に反発されたら面倒くさいし、逆に妙に懐かれるのも困る。適度な距離を保っておきたい。
これからも、あなたの事は生暖かく見守っていくよ。
「努力の方向を間違えない」という教訓を胸に置きながら。