野村直矢 みんなのノムちゃんが三冠ベルトを巻く日
9月3日、野村直矢は2度目となる三冠王座への挑戦を果たした。
惜しくも試合には敗れたものの、絶対王者と化した宮原健斗を何度も追いつめたパワーと迫力は凄まじいものがあった。
前回の三冠挑戦の時に比べ、あきらかに成長していた。
試合内容は本当に素晴らしかった。
しかし、それ以前に僕には気になって仕方がないことがあった。
それは、今回の三冠挑戦に異を唱えるファンがほとんどいなかったことだ。前回の挑戦からあまり期間も空いていないというのに‥。
なぜ、野村直矢はこれほどまでにファンの支持を得るのだろうか?
今回の三冠挑戦の件に限らず、ここまでファンからの支持を集めているレスラーは滅多にいない。
会場でも、SNS上でも彼は圧倒的な人気を得ている。
なぜなのか?
顔は「どちらかといえば男前」ぐらいで、ルックスで人気があるとは思えない。
びっくりするような空中殺法やアクロバティックな動きで観客の度肝を抜くワケでもない。ドラゲー並みにマイクが上手いワケでも、個性的なギミックがあるワケでもない。
ファンが野村直矢を支持するのは、彼が「日本人の美学」を体現しているからだと思う。
野村は2014年のデビュー以来ずっと全日本プロレス一筋だ。いわゆる生え抜きということになる。
現在の三冠王者である宮原健斗は健介オフィスでデビューしており、フリーの時期を挟んで全日に入団した。
宮原や野村のライバルであるジェイク・リーは全日でデビューしたものの、諸事情からいちど退団。出戻りというかたちで再度入団して現在に至っている。
全日には、生え抜きの選手がそれほどいない。野村以外の中心選手で生え抜きといえるのは、諏訪魔と青柳優馬ぐらいになってしまう。
日本人は、生え抜きが好きな民族だ。
新日本プロレスのファンの中にも、いわゆる「ヤングライオン」から上がってきた選手を支持する人たちは多いし、野球などの多スポーツでも「生え抜き信仰」は強いように思える。
野村を支持するファンの中には、野村のことを「デビューからずっと全日で頑張ってきた子」と見ている人も少なくないハズだ。
しかし、野村直矢が支持されるのは、彼が生え抜きだからというだけではない。
彼のプロレス人生のところどころに、「日本人の美学」を刺激するドラマがあったからだ。
野村直矢のプロレス人生は、決して順風満帆ではなかった。
デビュー以来なかなか初勝利をもぎ取れず、なんとか初勝利したのは、後輩である青柳優馬のデビュー戦だった。ケガによる欠場期間などもあり、出だしから苦労が多かった。
ジェイク・リーが全日から再デビューした際には、タッグ戦ではあったものの、野村がジェイクの対角線上に立った。かつては先輩だった男が「新人」として自分の前にいる。決して負けられない試合だったが、ジェイクのバックドロップで撃沈してしまう。
2016年にWRESTLE-1に秋山準、青柳優馬とのタッグで参戦したものの、思うような試合が出来ず、そのふがいなさから当時の全日の社長でもあった秋山から怒りを買ってしまう。
巨漢の多い全日ヘビー級戦線で生き残るために、大幅な体重増加を行った時期もある。こんなことを書いたら申し訳ないのだけれど、あの時期の野村の腹回りはすさまじかった。ネットの掲示板で「野村関」と揶揄されたりもしていた。野村の腹まわりがすっきりしてきたのを目にしたとき、なんだか感動してしまった自分がいた(笑)。ちなみに、レスラーは一時的に大幅に太ることで、そのあと体重を落としても、しっかりスタミナがつくらしい。
2017年に世界タッグ王座とアジアタッグ王座を戴冠したが、どちらもパートナーのケガで返上せざるを得なかった。
このように苦労の多いプロレス人生だったが、野村直矢は決してブレることなく、実直にレスラーとして歩み続けた。
このような彼のプロレス人生が、苦労を美徳とする日本人の心を打つのだと思う。
「デビューからずっと全日で頑張ってきた子」が「どんなに苦労しても頑張り続ける」のだから、これはもうNHKの朝の連続テレビ小説なみに日本人の美学を刺激するに決まっている。
野村直矢、25歳。今回の挑戦には惜しくも失敗してしまったが、まだまだ伸びしろしかないと思わせるのだから、末恐ろしい。
日本人の美学を体現する「みんなのノムちゃん」が三冠ベルトを手にする日は、きっと近いうちにやって来るハズだ。