書評『ありがとうU.W.F. 母さちに贈る』鈴木浩充 MIKHOTO出版

「ありがとうございました」というセリフがこれほど多く出てくる本にはじめて出会った。

 

伝説のプロレス団体「UWF」の運営会社の専務を務め、同団体の崩壊時には横領などのあらぬ疑いをかけられながらも沈黙を貫いた著者がついに自らペンをとった。営業や経理を担当していた著者は、マッチメイクにはいっさいタッチしておらず、プロレス系のノンフィクションでよく描かれるような「あの試合の真相は…」といった話は全く出てこない。そのかわり、プロレス営業の過酷さ、人気団体を支える裏方の苦労、団体崩壊寸前のきな臭い雰囲気、そういったものが余すところなく克明に綴られている。

著者がこの本を書いた理由は、年老いた母親に「息子である鈴木浩充は横領などのやましいことをいっさいしていない!」ということを伝えたかったから。決して前田日明や高田延彦を糾弾したいワケでも、学生時代からの相棒であり、UWF運営会社の社長であった神真慈を批判するワケでもない。執筆の動機は極めて個人的なものだった。そのせいか、文章からも著者の人柄を感じさせる。
本書読了後に僕の感じた著者の人柄は「くそ真面目」のひと言に尽きる。不正を許せず、人から受けた恩は決して忘れない。だから、昔のことを語るたびに「〇〇さん、あの時はありがとうございました」のような文章が出てくる。これほど感謝の言葉に溢れかえった本を読んだことがない。第一次UWF時代に新人だった自分に親切にしてくれたラッシャー木村、興行を妨害しようとする反社会的勢力から守ってくれた関係者、自分について来てくれた部下たち、そしてUWFを応援してくれたファンたち。ありとあらゆる人への感謝の言葉があふれている。

この本の最初の見どころは、昭和のプロレス営業の厳しさを著者が身をもって体験するくだりだと思う。まだ20代前半の著者は地方都市での営業で散々苦労させられる。地元のヤクザからの恫喝、有力なプロモーターの夜逃げ、知名度の低さからなかなか売れないチケット…。『週刊実話』を読んでヤクザについての知識を身につけ、「試合当日に客がひとりもおらずに選手に土下座して謝る」という悪夢にうなされ、著者はビジネスマンとして成長していく。
新入社員から部下を持つ立場へ、営業や経理の責任者へ、そしてついには専務取締役にまでになる。この本はひとりの青年がビジネスマンとして成長していくまでを描いているともいえる。団体崩壊の裏事情を描写するだけではなく、ある意味かなり個人的なストーリー織り込むことで、この本はよりいっそう豊かなものになっている。

人気団体UWFの営業と経理の責任者として、著者は大変な激務を強いられた。まともに家にも帰れない日が何日も続き、切れてしまいそうな体力の糸をなんとかつなぎ留める日々。著者は目の前の業務を何とかこなし、少しでもファンが喜び、会社と選手が潤うことを考えていた。しかし、そんな著者の知らないところで、UWFには徐々に亀裂が入り始めていた…。
UWFに亀裂が入った原因は、ひと言でいえば金だと思う。若い選手と若いスタッフが中心であり、新日や全日にはないようなベンチャー精神を感じさせたUWFも金の魔力にはかなわなかった。前田日明をはじめとする選手たちが著者や社長である神真慈にたいして不正経理の疑いを持ち始める。経理の責任者である著者は、忙しい仕事の合間を縫って、できるかぎり分かりやすく会社の経理を選手たちに説明した。所属選手である田村潔司もそのことは別の本で証言している。しかし、いちど生まれてしまった疑念の種はどんどん大きくなっていくばかりだった。物語の後半では、金をめぐる選手とフロントの確執が中心に描かれる。

 

「ありがとうございました」の著者だが、物語が進むにつれて、徐々に文章が攻撃的になってくる。会社の事情や経理の仕組みを理解しようとせず、自分の都合ばかりを押し付けてくる選手たち、そして、彼らが後ろ盾として連れてくる得体の知れない人物たち…。不正が大嫌いで正義感の強い著者、そんな彼だけに理不尽に屈したときの屈辱感はすさまじいものだった。その時の怒りが、憤りが、どうしても文章からにじみ出てくる。『選手が突然連れてきた方が帳簿を見せろと迫ってきましたが、先ずこれも一般常識では考えられないことなのです。株式会社では帳簿の閲覧権というものがありますが、(中略)まして何処の誰かも分からない人に会社の帳簿を見せる者がいるでしょうか』(P386)『ここまでくるとただのイチャモンとしか思えません』(P388)言葉遣いこそ丁寧だが、この本を読み進め、著者の文章になれてきてからこの辺りを読むと、生真面目な人間が理不尽に直面した際のストレス、それに屈せねばならなかった怒りがヒシヒシと伝わってくる。

著者が自らの青春を賭け、生活を犠牲にし、奔走した先にあったもの、それが世にいう「松本バンザイ事件」だった。フロントの不正をマスコミの前で堂々と主張した前田日明にたいして謹慎処分を下すが、選手たちはフロントの意向を無視。長野県松本市で行われた大会の最終試合終了後に謹慎中で表に出ることの許されない前田をリングの上にあげ、全選手が団結のための万歳をおこなった。その瞬間、著者は自身のすべてを捧げたUWFに幕を下ろすしかないのだと悟った…。
立場が変われば、見方も変わる。選手の立場からみれば美談にも思えるバンザイ事件も、フロントからすれば自分たちと選手のあいだに横たわる溝の大きさをあらためて見せつけられただけだった。

 

UWFについては多くの人が語り、多くの本が出版されている。人によって、本によって、言うことが全くちがう。この『ありがとうU.W.F.』についても、さっそく前田日明が批判的なコメントを出した。前田がこの本の内容を真実だと認めるワケにはいかない。僕は、この本に書いてあることが真実であると主張するつもりはない。もしかしたら著者である鈴木浩充は大悪党で、感謝の言葉はそれを隠すためのカモフラージュなのかも知れない。しかし、今までずっと沈黙を貫いてきた著者が母親のために自らペンをとり、執筆したというこの本は、母親への手紙だともいえる。そんな本で嘘八百を書くとは考えにくいともいえる。著者は『この本を世に出して以降、スズキ(この本での著者の一人称)に対し業務上横領等をおっしゃりたい方は、はっきり証拠も示しておっしゃって下さい。一旦口を開いた以上は一歩も引く気はありません』(P474)と堂々とした態度を示している。

UWFでの経験は、著者にとって大きなトラウマであると同時に、素晴らしい収穫でもあった。多くの人と出会い、強い人脈も築いた。そして、著者は現在はプロレスとは全く異なる業界で大いに活躍している。だからこそ、「ありがとうU.W.F」なのだと思う。流星のごとく現れ、一時代を築きながらも崩壊してしまった伝説の団体で成長したのはレスラーだけではなかった。スーツを着て汗まみれで働き続けた裏方にも、UWFは大きな成長をもたらしたのだった。「Uの遺伝子」は著者の中にも、そして当時UWFにかかわった全ての人間の中に受け継がれているのではないだろうか。

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