書評 『証言UWF最終章 3派分裂後の真実』宝島社

この本は『証言UWF 最後の真実』の続編となっている。先の本と同じく、ノンフィクションというよりも、関係者による証言集とでもいった方がいい。時代は変わり、第2次UWFが崩壊し、リングス、UWFインターナショナル、パンクラスの3団体がしのぎを削っていた頃の話になる。

ターザン山本は、UWFが分裂してしまった根本には『Uという概念の利権争い』(3ページ)があったと喝破する。この本の中核は、その利権争いである。かつて同じ釜の飯を食った人間同士が激しく対立してしまるほどに、Uという概念は蠱惑的な魅力を放っていたのだった‥。

先の『証言UWF 最後の真実』と比較すると、世間的にも知名度の高い人間が出てくる。たとえば、のちにK-1創設に関わることになる石井和義(正道会館)や谷川貞治(元『格闘技通信』編集長)などである。K-1というリアルタイムで全盛期を知る競技の関係者が出てきたこともあって、僕個人としては、先の本よりも楽しく読むことが出来た。パンクラスは現在も積極的に活動をしているし、先の本が歴史書的な位置づけだとすれば、この本はまだ現在進行形の話だともいえる。

 

この本を読んで驚かされるのは、本人たちにとっては意図せざる出来事がのちに伝説として語り継がれることになる真実である。

パンクラスの「秒殺」伝説が生まれたのは、93年9月の旗揚げ戦でのことだった。「道場での練習をそのまま試合でみせる」というスタンスで大会を開催したところ、全5試合の合計時間が13分5秒という驚異的な短期決戦の連続になってしまう。この旗揚げ戦のメインを飾った船木誠勝は、試合時間の短さに起こった観客が大会終了後に暴動を起こすのではないかと不安に思ったと語る。しかし、船木の予想は杞憂に終わったどころか、ファンからの圧倒的な支持を集めることになる。秒殺という衝撃をここまで連続して味わうという経験を、日本のプロレス(格闘技)・ファンはしてこなかった。秒殺は、船木ら当人も予想しなかったほどの大きな潮流となっていく。

しかし、全試合をリアルファイトで行うことになったパンクラスの過酷な闘いは、選手たちに大きな負担を強いることになる。この本では言及されていないが、船木と共にパンクラスを創業した鈴木みのるは、その過酷な闘いの中でファイターとして致命的なケガを負い、のちに活躍の舞台をプロレスに求めることになった。秒殺というスタイルは、団体の創設者にすら容赦がなかった。

 

パンクラスがリアルファイトに活路を見出した一方、UWFインターナショナルではリアルファイトは御法度だった。Uインターはあくまでプロレスにこだわっていた。しかし、表向きはリアルファイトを謳っていたUインターに入団した若者の中には、現実に幻滅すると同時に、外部にリアルファイトを求める者たちがいた。その代表格がのちにPRIDEでヴァンダレイ・シウバとも闘うことになる金原弘光である。なんと金原は単身でタイに向かい、そこでムエタイの試合を行う。インターネットの発達した現在ならばすぐにマスコミにもバレてしまいそうだが、当時は非公開のムエタイの試合を3試合現地で行ってもそれが露見することはなかった。

ムエタイの試合を経験したことで、金原はそれまで緊張しっぱなしだったプロレスの試合で全く緊張しなくなったという。リアルファイトの経験を積むことでプロレスラーとして成長するというのは、なんと皮肉なことだろうか。しかし、その後の金原のプロレスや総合格闘技での活躍ぶりを目にすると、若者の無茶な挑戦は結果として大きな実を結んだといえる。

Uインターでリアルファイトというと、どうしても田村潔司の顔がすぐに頭に浮かんでしまう。しかし、田村はこの本の中で、リアルファイトに対する深い洞察を語る。田村は秒殺伝説が誕生したパンクラスの旗揚げ戦を実際に観戦しに行っていた。競技者として「やってみたい」という気持ちが生まれたのは事実だが、田村の目にはパンクラスの試合が観客の目を全く意識しない「勝てばいいだけの試合」にしか見えなかった。勝った・負けただけの試合なら、格闘家なら誰でも出来る。だが、観客を満足させることはそれより遥かに難しい。本物の格闘技技術を身につけ、それによってただ単に勝利するだけではなく、観客に最高の興奮と感動を与える。田村潔司はそこに至上の価値を見出す。「田村はシュート志向が強いプロレスラー」という浅はかな見方は、この本によって一蹴される。このように、証言によってその人物の深層が明らかになるというのは、このような「証言集」の大きな魅力のひとつだと思う。

 

この本では日本のプロレスと総合格闘技に巨大な影響を与えたグレイシー一族との遭遇についても語られる。「ヒクソン・グレイシーを最も追い詰めた男」ともいわれるリングスの山本宜久の証言が興味深い。

佐山聡が主宰した「バーリ・トゥード・ジャパン・オープン」という大会の1回戦においてヒクソン・グレイシーと対戦することになった山本だが、特に対ヒクソン用のトレーニングを積んだというわけでもなく、普段通りのリングスの練習をした状態で試合に臨んだ。リングスという団体に所属しているわけだから、山本の敗北はリングスの敗北ともいえる。しかし、山本にもリングスにも「山本がリングスの看板を背負っている」という感覚はなかったという。『リングスって、あんまりそういうムードがないんですよ。リングスの選手はみんなそれぞれが、自分のために闘っていた。だって、自分が強くなりたいために、この道に入ったわけですから』(250ページ)。

安生洋二がUインターの看板を背負ってグレイシーへの道場やぶりを敢行して玉砕した事件はよく知られているが、その時の安生のような気持ちは山本にはなかった。敗れはしたものの、安生よりも一個人としてグレイシーに山本の方がはるかに善戦したというのは、なんとも皮肉な話である。安生や高田のグレイシー戦について語られることは非常に多いが、山本とグレイシーの試合はそこまで語れることがない。この本はその試合について貴重な情報を提供してくれると同時に、リングスとUインターという団体の体質の違いについても言及している。

グレイシー一族は、その圧倒的なリアルファイトの実力によって日本のプロレス・総合格闘技を脅かしただけではなく、団体や選手個人の大きなターニング・ポイントにもなった。グレイシーの圧倒的実力を前にしたとき、団体の体質や選手個人の内面が容赦なくあぶり出される。

 

色々な証言をかいつまんで僕なりに紹介してきたのだけれど、ターザン山本のいう「Uという概念の利権争い」に勝利したのは誰なのだろうか?実は、それは僕にも分からないし、この本にも書かれていない。先の『証言UWF 最後の真実』と同じように、この本も決して真実を明記してはくれないのである。いくら証言が積み重なっても、むしろ証言が積み重なるからこそ、真実はどんどん見えなくなる。

仮にここで答えを出すとするなら、いまだに存属するパンクラスなのか?世界中に支部を設けたリングスなのか?PRIDEの礎になったともいえるUインターなのか?そのいずれも不正解のように思える。

そもそも、Uという概念の利権は、かつてのような価値を失ってしまったのかも知れない。Uという概念は、まだプロレスとリアルファイトの境界線が曖昧だった一時期、莫大な価値があるように思えた。しかし、いまやプロレスとリアルファイトの間には明確な境界線が引かれている。両分野で専門化に伴う技術の向上が急速に進み、Uという概念にもはや往時の輝きはないように思える。

 

しかし、利権はなくなっても、UWFに関わった者たちに刻まれた「Uの遺伝子」は脈々と受け継がれているのではないだろうか。かつてリングス、Uインター、パンクラスに関わった人間たちの中から、多くの指導者が生まれた。前田日明、高田延彦などはその代表格といえる。彼らの教え子の多くが格闘技やプロレスの世界で活躍している。教え子たちの中にも、Uの遺伝子が流れている。

かつて輝いていたUの利権は消え去った。しかし、Uの遺伝子はそんな利権が薄っぺらく思えてしまうほど、熱い血脈を保ち続けている。そんな気がしてならない。

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