野村直矢 真っ赤な激情は屈さない

とにかく頑張っている。もしかしたら、誰よりも努力しているかも知れない。それなのに、なかなか成果が出ずにもがいているレスラーというのは、どの団体にも、いつの時代にもいる。
かつての勢いを取り戻しつつある全日本プロレスでは、三冠王者の宮原健斗率いるユニット「NEXTREAM」にそんなレスラーがいる。彼の名は野村直矢。彼はまさに今、トップレスラーの階段を上ろうともがき苦しんでいる‥。

 

野村直矢は石川県金沢市に生を受けた。幼い頃からプロレスラーを夢見ていた彼は、体づくりのためにラグビーをやっていはいたが、これといった格闘技のバックボーンはない。野村が全日本プロレスの門を叩いたのは2013年のことだった。武藤敬司らの大量離脱により、当時の全日にはとにかく選手が足りなかった。『今の全日なら、俺でも受け入れてくれるかも知れない』そんな下心があったことを、野村はのちにインタビューで語っている。野村は決して頭の悪い男ではない。

野村の狙い通りというか、翌年の3月には地元金沢でデビューを飾る。秋山準が全日の社長に就任してからはじめての生え抜きレスラーだった。しかし、そんな期待の新人はデビュー3ヶ月もしないうちにケガによる欠場に入ってしまう。野村はいきなりプロレスラーの宿命であるケガという洗礼を受けることになってしまった。なんとかその年の10月には復帰してみせたものの、結局デビューした2014年中に初勝利をおさめることは出来なかった。

野村が初勝利をおさめたのは、2015年1月2日の試合だった。相手はデビューしたばかりの後輩である青柳優馬だった。初勝利の相手が後輩では、なかなか素直に喜べなかった。『自分を変えなければいけない』そんな思いが野村の中に芽生える。デビューしたばかりの野村がそんな危機感を抱いたのは、やはり当時の全日のおかれた厳しい状態を敏感に察知していたからだと思う。当時は全日が現在のような復活を遂げるなどと予想する人はほとんどいなかった。もともと集客は新日に比べて圧倒的に苦戦していたし、武藤らの大量離脱はあまりに打撃だった。秋山社長の手腕を疑問視する声も多かった。そんな状況だからこそ、デビューしたばかりの自分でもなにかアクションを起こさなければならないと野村は思った。

 

野村は2015年末に当時団体のトップレスラーだった諏訪魔率いる「エボリューション」に加入する。髪を黒から金に染め上げ、眉も剃った。大胆なイメージチェンジだった。そして翌2016年には中島洋平の持つGAORA TV王座に挑戦する。デビューしてから最大のチャンスだった。中島はキャリアこそ野村より上だが、体格では身長185cmの野村に分があった。しかし、キャリアの差は埋めがたく、野村はチャンスをものにすることが出来なかった。しかし、試合の内容は高く評価され、その年の春に開催されたチャンピオン・カーニバルにエントリーされることとなる。

野村のような新人がチャンピオン・カーニバルのようなリーグ戦にエントリーされると、白星配給係になってしまい、全敗で終わってしまうことすらある。しかし、エボリューション加入や中島への挑戦などで弾みをつけていた野村は、初戦でいきなり当時の世界タッグ王者だったボディガーから大金星を奪ってみせた。デビューしてからの初の金星。野村は一気にファンの注目を集めた。しかし、勢いだけで突っ走れるほど甘いものではなく、残りの公式戦では全敗を喫してしまう。
そして野村は自ら志願して加入したエボリューションを脱退し、新たなスタイルを模索することになる。

 

そんな野村に手を差し伸べたのは「最年少三冠王者」として新たに全日をけん引していた宮原健斗だった。野村は宮原とタッグで対戦。敗れはしたものの、その熱いファイトには会場から大きな拍手が送られた。そして宮原から彼が率いるユニット「NEXTREAM」に勧誘され、それを受諾する。そしてここから、野村の快進撃が始まる。

NEXTREAM加入後の野村は先にユニットに所属していたジェイク・リーとタッグを組むことが多かった。ジェイクは野村より先に全日に入団したものいちど引退し、野村のデビュー後に再デビューするという経歴を持っている。そのためこのタッグでは、年上のジェイクが年下の先輩である野村を「さん」づけで呼んでいた。
野村にとって、ジェイクと組むのは複雑な気持ちだった。理由はどうあれ、ジェイクはいちど全日を出て行った人間。しかも、そんなジェイクの再デビュー戦には野村が選ばれ、バックドロップで敗北してしまっている。いちど辞めた人間が戻ってきたことも気に入らなければ、そんな人間の再デビュー戦で敗北した事実はもっと気に入らなかった。

しかし、ジェイクと野村のタッグは僕の目から見たら良いタッグだと思った。当時、彼らがゼウス&ボディガー組といういかつすぎる世界タッグ王者に挑戦しては跳ね返される姿に、はがゆい思いをすると同時に全日の明るい未来を見ているような気がした。
そして、2017年7月17日、ついに野村&ジェイク組はゼウス&ボディガー組から世界タッグ王座を奪取する。フィニッシュ・ホールドは、野村がボディガーに決めた新技の「マキシマム」という変形エメラルド・フロウジョンだった。ジェイクと野村にとって、はじめてのタイトルだった。
僕はこの試合を生で観たわけではないのだけれど、まるで我がことのように嬉しかったのを覚えている。僕はどちらかというとジェイクの方が好きだったが、闘志をむき出しにして闘う野村には、どこか大人しそうな雰囲気のあるジェイクとは違った魅力を感じていた。

しかし、野村は思わぬかたちでこの初タイトルを手放すことになってしまう。パートナーのジェイクがケガによる長期欠場に入ってしまい、世界タッグを返上することになってしまった。まだ1度しか防衛していない全日至高のタッグベルト。このまま手放すワケにはいかない。
野村は新パートナーにW-1を退団して全日にフリーとして参戦していたKAIを選び、大日本プロレスの関本大介&岡林裕二という強豪を相手に新王者決定戦に挑む。試合ではラグビー仕込みのスピアーで岡林を追い込むシーンも見せたが、圧倒的な実力を誇る対戦者組の前に、野村&KAI組は敗北。世界タッグ王座は外部に流出してしまう。しかし、ベルトを流出させた野村を責める声はほとんど聞かれなかった。野村はファイトはファンから認められていたし、不運なかたちでベルトを返上することになった野村に同情する声も少なくなかった。しかし、野村はそんな同情など欲しくなかった。野村が欲しかったのは、勝利という結果だけだった‥。

 

ジェイクは欠場してしまった分、全日の生え抜きである野村には期待がかかっていた。ちょうどこの頃から、野村の体型に変化が生まれてきた。はっきり書いてしまうと「急に太りだした」のだった。デビューした当時の細い肉体は見る影もなくなり、分厚い肉が野村を覆いはじめた。「まるで力士だ」などと揶揄する声もあった。スマートなレスラーが好まれる流れに逆行しているような野村だったが、体重が増加した分、得意とするスピアーの威力も増したように見えた。プロレスにおいて最も重要な要素である「技の説得力」が強くなっていた。
野村はこの頃、朝起きるとすぐに白飯を食べるような生活を続け、意図的に体重を増やしていたようだ。かつてエボリューションに加入した時のような、自分を変えたいという思いが野村を急き立てていた。

2017年9月30日、野村は後輩で新たにNEXTREAMに加入した青柳優馬と組み、TAKAみちのく&ブラック・タイガーⅦ組に勝利。彼らが保持していたアジアタッグ王座を獲得した。先輩である青木篤志&佐藤光留組からベルトを奪った外敵から、ベルトを奪い返したのだった。野村は世界タッグを大日に流出してしまったトラウマから解放された。
アジアタッグ王座は、かつて若手時代の秋山準&大森隆男が12度の防衛に成功したように、全日における若手の登竜門的王座という側面を持ってる。まだ20代の野村&青柳組にはピッタリのベルトだった。彼らは順調に防衛を重ねていった。そのことが評価されたのか、青柳は2017年のプロレス大賞新人賞を受賞する。しかし、またしても不運が訪れる。今度は青柳がケガによる欠場に入ってしまったのだった。野村は2度目の王座返上を強いられた‥。

 

2度もパートナーの欠場による王座返上を強いられた野村は、シングル戦線に活路を見出す。2018年のチャンピオン・カーニバルは、シングルプレイヤーとしての野村直矢が問われるリーグ戦だった。野村はつきすぎた肉を落とし、ベストな体重でチャンカーに臨んだ。しかし、野村がエントリーされた予選Aブロックはとんでもない強敵だらけだった。三冠王者の宮原、ドラゴン・ゲートのトップ・レスラーである鷹木信悟、フリーとして様々な団体のタイトルを獲得してきた火野裕士、前年度のチャンカー覇者である石川修司、前三冠王者のジョー・ドーリング。野村はとんでもない猛者たちの中に突っ込まれてしまった。

大方の予想通り、野村は大苦戦を強いられる。得意とするボディガーには勝利したものの、宮原からも石川からも金星をあげることは出来ず、1勝のみですでに優勝の可能性がゼロになった状態でチャンカー最終戦を迎える。最終戦の相手はジョー・ドーリング。諏訪魔や宮原とならぶ、間違いなく全日トップクラスの最強外国人レスラーだった。

しかし、野村には失うものは何もなかった。せっかく奪ったアジアタッグは返上を余儀なくされ、満を持して臨んだチャンカーでは敗北が続いた。野村は迷うことなく、最強外国人に突っ込んでいった。巨大なジョーの身体にエルボーの連打を叩き込む。しかし、圧倒的なパワーを誇るジョーは野村を軽々と放り投げる。そして、2m近い巨躯を生かしたエルボー・ドロップを野村に見舞う。機先を制した野村だったが、完全にジョーのペースに持っていかれた。野村はエルボー・ドロップに耐え、さらに繰り出されたボストンクラブもロープに逃げてしのいでみせる。そして、得意のスピアーがさく裂。戦況をなんとか打開する。さらにエルボー連打からのブレーン・バスターを決めてみせる。グロッキー状態になったジョーに得意のフロッグ・スプラッシュを連続で見舞おうとするが、2発目はかわされてしまう。ジョーはラリアット、ボディアタックといった体格差を生かしたパワー殺法で野村をつぶしにかかる。そして、必殺のレボリューション・ボムに持ち込もうと野村を高く上げるが、間一髪でそれを逃れる。そして、ついに運命の時が訪れる。野村は必殺技を決められずに動揺するジョーに対し、ジャックナイフ式のエビ固めを仕掛けてみせる。体格、キャリア、パワーなどあらゆる面で遠く及ばない野村に、勝ち方にこだわる余裕も理由もなかった。ジョーは決して俊敏なレスラーではない。少し呆気なく思えるほどに、野村のエビ固めはジョーに決まり、スリーカウントが数えられた。野村は、前三冠王者から大金星を奪ってみせたのだった。デビューして4年目。野村は24歳になっていた‥。

 

いま、野村直矢の腰にベルトはない。ケガから復帰した青柳と組んで秋山準&永田裕志というベテラン組からアジアタッグを奪い返すべくタイトルマッチに挑んだが、野村は永田のバックドロップホールドの前に沈んだ。
さらにその以前には、野村にとって耐えがたい出来事があった。長期欠場から復帰することになったジェイクが復帰を表明すると同時にNEXTREAMからの脱退を明言したのだった。野村はジェイクの欠場が原因で世界タッグを返上した。そしてそのジェイクは、野村自身も所属するNEXTREAMを抜けて自らの軍団を作るという。野村にしてみれば身勝手極まりない行動だった。野村はジェイクの復帰戦で彼を倒すと決意する。しかし、ジェイクの再デビュー戦の時と同じように、野村はジェイクにバックドロップを決められ、またしても屈辱を味あわされた。

野村直矢というレスラーは、なぜか他のレスラーの引き立て役のようになってしまうことが多い。そのことは彼のファンがいちばん歯がゆく思っているハズだ。あんなに頑張っているのに、タイトルを返上させられたりと不運な目に遭い、2度もジェイクの踏み台にされてしまった。

すでに3度も三冠ベルトを巻いている宮原、新たなユニットを立ち上げた因縁のジェイク、自分が取れなかった新人賞を受賞した青柳。野村のまわりには、才能あふれるライバルたちがいる。彼らと比べると、野村は地味なレスラーかも知れない。
しかし、冒頭にも書いたが、野村は頭の悪い男ではない。自分がトップレスラーに這い上がるための方法を常に考え、そのための努力を惜しまない。直線的すぎるように思える現在のファイトスタイルは、野村が独自性を発揮できる闘い方だともいえる。宮原やジェイクと同じように闘おうとしても出来ないし、やる意味もない。野村は野村なりの闘いで上を目指していけばいい。

野村は今日も、悪戦苦闘しながら這い上がろうとしている。純朴そうな笑顔の裏には、彼のコスチュームのように真っ赤に燃えたぎる激情を秘めている。日々の鍛錬と秘めたる激情が見事に結びついたとき、リングの上の彼を止められる人間は誰もいないハズだ。僕はその日がくるまで、野村直矢から目が離せない。

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