清宮海斗 若者が背負う虎の宿命

プロレスリング・ノアの若手選手にすぎなかった清宮海斗にスポットライトが当たったのは、2017年末のことだった。GHCヘビー級王座をエディ・エドワーズから奪還した拳王が自らの時代を高らかに宣言した直後、見たことのない若者が現れた。それが清宮だった。

清宮は2015年に高校を卒業し、すぐにノアに入団した。身長180センチとノアの中では比較的大柄な部類に入るが、人並外れた素質を持つような選手には見えなかった。清宮が同年代である大日本プロレスの野村卓也とタッグを組んだ試合を観たときは、どちらかといえば野村の方の動きの方が良かった印象がある。僕の中では、清宮に対する期待と不安が半分半分くらいだった。そんな清宮がカナダへの海外遠征に旅立ったのは、2017年7月のことだった。
その半年後、清宮は拳王が誇らしげにベルトを掲げる緑のマットに戻ってきた。そして、「今の俺なら、拳王さんに勝てると思う!俺にそのベルト、挑戦させてください!」といきなり拳王が獲得したばかりのGHCヘビーに挑戦を表明したのだった。遠征前は細い肉体に黒髪、太い眉毛が印象的などことなくあか抜けない印象だったが、遠征を経た清宮は変わっていた。髪の毛は茶髪に変わり、なによりも肉体がひとまわり大きくなっていた。清宮いわく、わずか半年の間だったが、色々な団体で試合を経験し、プロレスのことしか考えられない環境に身を置いたことで、肉体と精神が圧倒的に鍛えられたという。

清宮のGHC挑戦には賛否が巻き起こった。苦しい時代が続いたノアが変わったことの象徴である拳王と、さらに新しい時代を築こうとする清宮の激突は、今までのノアにはなかったインパクトをもたらすという好意的な意見もあった。その一方、遠征前に実績が全くなく、遠征の期間も半年と短い清宮に何が出来るのか、髪の色が変わっただけではないかという批判的な意見も目立った。賛否が渦巻く中で、拳王VS清宮のタイトルマッチが2018年1月に後楽園ホールで行われた。

拳王は蹴りを中心とした攻撃を清宮に繰り出す。体格では清宮に分があるが、日本拳法で無差別級の闘いを経験している拳王はそんなハンディはものともしない。拳王の重い蹴りが清宮の肉体を責めていく。そんな状況の中で、清宮はファンの目を釘づけにするムーヴをみせた。投げっぱなしのタイガー・スープレックス、コブラ式フェイスロック、ノアの創立者であり、2009年6月13日にリング禍で死去した三沢光晴の得意技をやってのけたのだった。清宮のコスチュームも遠征前の黒からエメラルドグリーンに変わっていた。清宮は自らの姿を三沢光晴に重ねるという賭けに出たのだった。それは危機にある団体を救いたいという若手レスラーなりの懸命な想いから起こした行動かも知れない。

2015年にノアに入団した清宮は、当然のことながら三沢の指導を受けたことはない。年齢的にも、三沢の全盛期をリアルタイムで知るハズもない。そして、レスラーとしてのキャリアはまだ浅い。そんな清宮が三沢を悪くいえば「真似る」ことは観客から失笑や怒りを買う可能性すらあった。しかし、清宮の動きは決して三沢の猿真似ではなかった。リバース式のフェイスバスターで拳王の顔面をマットに叩きつけ、試合の後半には拳王の必殺技であるダイビング・フットスタンプをドロップキックで迎撃してみせた。会場は大番狂わせの気配を感じていた。しかし、グローバル・リーグ戦で初出場・初優勝の快挙を成し遂げ、海外に流出していたベルトを奪還してみせた拳王の壁は高かった。最後は拳王の放った渾身のハイキックを浴び、リングに崩れ落ちた。そしてレフェリーストップ。清宮は時代を拳王から奪い取ることは出来なかった‥。

試合には敗れたものの、内容はファンを失望させるものではなかった。なによりも、21歳の若者がGHCヘビーに挑戦出来るほどの成長をみせたというのは、ノアのファンにとって大きな希望となった。
清宮はその後、丸藤直道や杉浦貴といったノアのトップ・レスラーとのシングル連戦を経験するが、全戦全敗を喫する。やはり緑のマットは甘くはなかった。

しかし、潮崎豪とタッグを結成したことを機に、ふたたび勢いを取り戻す。ノアのヘビー級タッグリーグ戦である「グローバル・タッグ・リーグ戦」に潮崎とのタッグで挑戦すると、拳王・杉浦貴組を破り、見事優勝してみせた。潮崎が拳王からピンフォール勝ちを収めたのだが、清宮もリーグ戦の中で存分に持ち味を発揮し、実力を証明してみせた。清宮は髪の色を変えただけの若手ではなかった。十分にトップ戦線に食い込めるレスラーに成長していた。タッグ・リーグ戦優勝という実績を手にした潮崎・清宮組は、GHCタッグ王者組である「ジ・アグレッション」中嶋勝彦・マサ北宮組に挑戦し、王座を奪取する。清宮はあっという間にノアのタイトルを2つも手に入れた。

 

現在、清宮の腰にベルトはない。GHCタッグはジ・アグレッションに奪い返されてしまった。現GHCヘビー級王者である杉浦に対して挑戦を表明するも、挑戦者決定戦で拳王に敗れてしまった。しかし、まだ21歳。かつてノアのエースだった秋山準がまだデビューも果たしていない若さである。可能性は無限にある。ノア生え抜きの若きヘビー級戦士として、清宮の将来は希望に満ちていると思う。

清宮は三沢光晴というレスラーを直接には知らない。しかし、自らをその偉大なレスラーと重ねあわせた。ファンが「清宮と三沢は似ている」と言い始めたワケではなく、自ら起こしたアクションである。清宮はエースにならなくてはいけない。しかし、三沢にとらわれすぎる必要もないと思っている。三沢の時代と清宮の生きる現在は全く違う。清宮は三沢から虎の魂を受け継ぐことを選んだが、その魂は心の奥底にあればいいと思う。清宮海斗は清宮海斗なりのプロレスをして欲しい。天国の三沢も、それを望んでいると思う。

三沢光晴の命日に、この駄文を捧げる。合掌。

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