ジェイク・リー 「陰」の男がたくらむ大波乱

2018年5月24日、全日本プロレスのジェイク・リーがケガによる長期欠場からの復帰戦を後楽園ホールで行った。これは単なる復帰戦ではなかった。どことなくピリピリとした空気が周囲に漂っていた。その種をまいたのは他ならぬジェイク自身だった。ジェイクは自らの復帰を発表する際に、所属していたユニット「NEXTREAM」からの脱退と同ユニットのリーダーである三冠ヘビー級王者宮原健斗へ反旗を振りかざすことを宣言したのだった。

会場からは驚きの声とともに多くの声援と拍手が送られた。僕にとっても、これはうれしい展開だった。ジェイクは宮原に対峙する存在になるべきだと考えていた。身長192cmと大型選手の多い全日勢の中でも非常に恵まれた体躯を持ち、整った顔立ちに似合わぬパワーの持ち主でもある。ケガによる欠場の前は三冠ヘビー級王座に挑戦、野村直矢とともに「ザ・ビッグガンズ」として圧倒的な強さを誇っていたゼウス&ボディガー組から世界タッグの王座を奪う快挙も成し遂げていた。しかし、そのような素質と実績だけが僕をそう思わせたわけではなかった。僕はなによりも、ジェイク・リーというレスラーの持つ「陰」に魅力を感じていた。

 

ジェイク・リーこと李在炅(リ・チェギョン)は北海道に生を受けた。名前から分かる通り、在日朝鮮人である。学校は北海道初中高級学校へ通った。いわゆる朝鮮学校である。彼はそこでウエイトリフティングに出会い、平成国際大学へ進学したあとは同競技で全日本選手権5位という実績をおさめている。そして、鳴り物入りで全日本プロレスに入団する。2011年8月に地元北海道で行われたデビュー戦の相手は三冠ヘビーを巻いたこともある太陽ケア。いかに当時の全日が彼に期待していたかが分かる。ちなみに、当時はまだ本名で試合をしていた。前途洋々かと思われたが、なんとデビューから3ヶ月も経たないうちに、プロレスからの引退を表明し、全日を退団してしまう。いったい何が起きたのか。

後年になってジェイク自身が語っているが、引退の原因はメンタルの問題だった。シリーズの途中でケガをしてしまい、それ以前から自身のプロレスへの適性に悩んでいたこともあり、心が折れてしまった。

引退後は地元で整体師の仕事をしていた。しかし、リングへの心残りはあったようで、整体師をしながら総合格闘技に挑戦したりもしていた。そんな生活を3年ほど送る中で、ジェイクの心にある考えが浮かんでくる。『俺は、本当にこれでいいのか?人生の最後になって、プロレスから逃げたことを後悔しないか?』その考えは日に日に強まってくる。そして遂に、古巣へ戻ることを決心するのだった。当時の全日本は武藤敬二ら主力レスラーがオーナーであった白石伸生に反発するかたちで大量離脱した直後であり、選手が枯渇していた。そんな事情があったせいか、ジェイクはかなり長い間プロレスのリングから離れていたにもかかわらず、2015年に全日へ再入団することが許される。しかし、ジェイクがいない間に野村直矢や青柳優馬といったレスラーがデビューを飾っていた。ジェイクはそんな年下のレスラーの後輩というかたちで再び王道マットに立つことになる。

そんな過去があるせいか、僕はどうしてもジェイクの表情に「陰」を見てしまう。

 

再入団して最初の試合は、復帰戦ではなく再デビュー戦というかたちになった。離れていた年月を考えてれば当たり前のことだった。名前を本名からジェイク・リーと改め、レスラーとしての第2章のスタートを切った。そして、その再デビュー戦で「年下の先輩」である野村をバックドロップで沈め、白星を飾った。ジェイクは26歳になっていた。

再デビューを果たしたジェイクにはファンからの温かい声援が送られた。「出戻り」と言ってしまえばそれまでだが、決して他の団体に引き抜かれて退団したわけではなかったし、武藤らの大量離脱に不安を感じていたファンにとって、戻ってきてくれたジェイクが可愛くないハズがなかった。ジェイクは正真正銘のベビー・フェイスとして再びレスラーの道を歩むことになった。

再デビュー後はシングルよりもタッグでの活躍の方が目立った。野村と組んで「ザ・ビッグガンズ」に何度も挑戦しては跳ね返された。大日本プロレスのような他団体の若手とも闘った。しかし、この頃にジェイクにはまだ「頼りなさ」が残っていたように思える。素質があるのも分かっているし、努力しているのもしっている。しかし、性格の優しさゆえに大事な場面で持ち味を発揮出来ていないように見えた。同い年の宮原の圧倒的な強さと大一番で見せる冷酷さに比べると、やはりジェイクの影はうすかった。ジェイクは宮原率いるNEXTREAMに野村や青柳と共に所属していたため、どうしても宮原より格下に見えてしまっていた。

そんなジェイクに転機が訪れる。三冠王者だった宮原がチャンピオンカーニバルを制して挑戦してきた石川修司に敗北し、遂にベルトを落としたのだった。目の前で宮原が敗れる姿を目にしたジェイクは石川の初防衛戦の相手に名乗りをあげた。身長195cmを誇る石川は単に大きいだけではなく、デスマッチも含めた様々なプロレスを経験してきた。ジェイクとはキャリアの面で明らかに差があった。「巨人対決」と言えないワケではないけれど、ジェイクの不利はあきらかだった。
試合が始まってみると、やはり石川は強かった。ジェイクは持てる限りの力を振り絞って奮戦したが、最後は石川のジャイアントスラムの前に轟沈した。しかし、「三冠に挑戦した」ということはジェイクの自信になったし、周囲からの評価も高まった。三冠挑戦の翌月には野村とタッグを組み「ザ・ビッグガンズ」から世界タッグを奪ってみせた。しかし、レスラーとしての上昇気流に乗りかけたとき、ケガによる長期欠場に入ってしまう。野村と保持していた世界タッグ王座も返上ということになってしまった。

欠場しているあいだ、ジェイクはリハビリのかたわら武道の鍛錬を積んでいた。『週刊プロレス』(NO.1957)でその頃の話を記者に語っている。固い砂袋を拳や手刀で叩くといったプロレスのトレーニングではやらないようなこともしていたという。人によっては、それを迷走ととらえる人もいると思う。しかし、僕はジェイクをそのような行動に走らせたのは焦りと嫉妬だと思っている。ジェイクが欠場しているあいだに年下の先輩である野村と青柳は著しい成長を遂げていた。ふたりはタッグを組んでアジアタッグ王座を獲得し、防衛を重ねていた。青柳はプロレス大賞の新人賞を獲得した。ふたりは復活しつつある全日の若き希望の星となっていた。

そんなふたりを温かい目で見れるほど、ジェイクには余裕はなかった。ジェイクは自分を変えるのに懸命だった。なにか新しい要素を自分の中に取り入れたかった。欠場中のジェイクがなにを考えていたのか、それを全て知ることは出来ない。あきらかなのは、彼がかつてのような純粋なベビー・フェイスであることを捨てる決意をしたということだけだ。

 

ケガから復帰したジェイクは、冒頭で書いたように宮原とNEXTREAMへ反旗を翻した。さらに野村と青柳に対する嫉妬も口にした。これに対して宮原は余裕をもって受け止めてみせたものの、野村と青柳は真正面から噛みついた。ふたりにしてみれば、ジェイクがいない穴をふたりで懸命に埋めたという自負がある。復帰していきなりユニットからの脱退を宣言されて面白いハズがない。そして、ジェイクの復帰戦は岩本煌二とのタッグで野村直矢・ヨシタツ組と対戦することが決まった。

試合の中で目立ったのは、やはりジェイクと野村のぶつかり合いだった。野村はジェイクの再デビュー戦で敗北したという過去もある。ここでまた負けるワケにはいかない。ジェイクは欠場中の武道のトレーニングの中で身につけた掌打を野村のボディに放つ。それに対して野村は得意のスピアーを中心としたパワー殺法で対抗していく。野村のパワーと執念にジェイクが押される場面も見られた。しかし、野村のジェイクに対する怒りが裏目に出る。野村がジェイクに突進しようとしたところを岩本がカットに入り、バックボーンである柔道を応用した必殺技「孤高の芸術」を決めたのだった。そして、大ダメージを負った野村にジェイクは、高身長を生かした容赦ないバックドロップを叩き込んだ。3年前の再デビュー戦と同じ技で野村から勝利を奪ってみせた。

 

ジェイクはいま、全日に波紋を広げている。自らの軍団を作ることを宣言したばかりか、そこに佐藤恵一を加入させることを明言したのだった。佐藤は温厚だと評される全日ファンからも非常に冷たい目で見られるレスラーである。彼はかつて全日社長である秋山準から高く評価され、ジュニアヘビーのエース候補として見られていた。しかし、デビュー後すぐに退団。そしてあろうことか、武藤をはじめとする全日を退団した選手らで構成されたWRESTLE-1に参戦を表明したのだった。これは裏切り行為ととらえられても仕方がなかった。全日のジュニアヘビー級が不足していることもあり、その後もたびたび王道マットに上がることがあったが、その度にファンからはブーイングを浴びてきた。そんな佐藤をジェイクは選んだ。

これに対してファンからは反発の声があがった。ジェイクが宮原と対峙するのは、かつて三沢と川田がライバルとなり好勝負を連発した時代を思わせるし、ファンからの支持も得た。しかし、佐藤と組むとなると、好意的な声は一気に少なくなった。ジェイクは何を考えているのか、混乱しているファンも多いと思う。

「悪名は無名に勝る」という言葉がある。個人的な考えなのだけれど、ジェイクは佐藤という「悪名」を手に入れることが、自らの存在をより際立たせると考えたのではないだろうか。佐藤を加入させれば、間違いなくバッシングはくる。しかし、それは注目されることでもある。どう転ぶかは分からない。しかし、今のままでは自分は全日のメインストリームに行けない。それならば、いっそのこと賭けに出てしまってもいい‥。ジェイクがそう考えたとしてもおかしくはない。

 

僕がジェイク・リーを応援する最大の理由は、彼の存在が全日をよりいっそう盛り上げてくれると信じているからに他ならない。

現在全日の中心にいるのは、三冠ヘビー級王者の宮原健斗であることに疑問の余地はない。宮原は自らを「満場一致で最高の男」と称し、入場の際に観客に対して大きな「健斗!」コールをするよう煽るナルシスティックなキャラクターの持ち主。完全に陽性の力を持つレスラーだといえる。宮原の人気は凄まじいが、「陽」が輝くためには、それに対抗する「陰」が必要になる。それを持ち得るレスラーは誰かと考えたとき、僕にはジェイクの顔しか思い浮かばなかった。陽と陰が競り合うとき、それは強烈なエネルギーを生む。陽はよりいっそう輝き、それを抑え込む陰はさらに強くなる。僕は宮原とジェイクにそんな陰陽の関係を期待している。

ジェイクがどうなるかはまだ分からない。宮原の壁はまだまだ高いように思えるし、野村や青柳の追い上げはさらに強烈になると思う。諏訪魔のようなベテラン勢が黙っているワケもない。ジェイクは復帰と同時に、全日中に敵を作ってみせた。ジェイクと行動を共にしているのは復帰戦のパートナーだった岩本、全日にとっては外敵である崔領二とディラン・ジェイムス、そして佐藤恵一。全日所属は岩本しかいない。全日内で孤立しているといっても過言ではない。しかし、これでいいと思っている。孤独はジェイクの陰をよりいっそう濃いものにしてくれる。そして彼は、リングの上でその陰の力をバックドロップにのせて爆発させてくれると信じている。もしかしたらそれは、全日本プロレスに大波乱を巻き起こすかも知れない。

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